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小論文テーマ No20 基軸通貨「ドル」の役割、わかりますか ver1(2021年慶応義塾大学経済学部 小論文問題より)

小論文テーマ No20 基軸通貨「ドル」の役割は、わかりますか ver1(2021年慶応義塾大学経済学部 小論文問題より)

 

 共通テストも終わり、いよいよ本試験が近づいております。実践的な取り組みが大事な時期になりましたね。

 今回は、慶応義塾大学経済学部の小論文問題を取り上げます。この問題文が興味深いのは、1997年の文章ですが、ある意味で現在の経済状況も言い当てていることです。その一方で、時代のずれを感じさせる内容でもあります。

 本文では「大きなアメリカ」と「小さなアメリカ」との間の対立が「世界経済が抱える最大の難問の一つ」と言っています。前者はグローバル経済で果たしているアメリカと後者はネーションステイーツとしてのアメリカと、考えられます。

 アメリカのインフレの進行に対して、金利の引き上げをFRBが発表したのは、ちょうど一年前(2022年)の二月でした。それ以降、四パーセントを越える金利の引き上げを行ってきました。これは「小さなアメリカ」の姿です。

 その影響を受けたのは、ドル決済を行っている国々です。2022年の日本でも、資源の輸入や製品をグローバルチェーンで販売行う、企業は円安ドル高の影響を、さまざまに受けています。輸出型の企業(例えばユニクロ)は営業利益を上げ、内需型の企業(例えばニトリ)は営業利益を下げました。

 「大きなアメリカ」と「小さなアメリカ」との間の対立(本文にアンダーラインを引きました)を、200字の要約の中に書き込んでください。

 まずは、以下に問題を掲載しますので、取り組んでみてください。

 

[課題文]

 二十五年ぶりにローマを訪れました。そこで気付いたことが二つほどあります。一つはアメリカの存在の小ささ、もう一つはアメリカの存在の大きさです。

 ローマの町は観光客であふれています。耳を澄ますと、ドイツ語、 日本語、 中国語、 フランス語、韓国語、英語―ありとあらゆる国の言葉が聞こえてきます。四半世紀前にはどこに行っても英語しか聞こえてこなかったのに、何と言う様変わりでしょう。

 ところが一歩、観光客相手の店に入るとどうでしょう。そこはアメリカが支配する世界です。どの国の観光客もなまりのある英語で店員と交渉しています。代金支払いもドルの小切手やアメリカのクレジットカードで済ませています。

 かくも存在の小さくなったアメリカがなぜかくも存在を大きくしているのか。これはローマの町を歩く一人のアジア人の頭だけをよぎった疑問ではないはずです。現代の世界について少しでも考えたことのある人間なら、だれもが抱く疑問であるはずです。
  アメリカの存在の大きさ―それはアメリカの貨幣であるドル、アメリカの言語である英語がそれぞれ基軸通貨、基軸言語として使われていることにほかなりません。
  では、基軸通貨、 そして基軸言語とはなんでしょうか。単に世界の多くの人々がアメリカ製品をドルで買ってもドルは基軸通貨ではなく、アメリカ人と英語で話しても英語は基軸言語ではありません。
  ドルが基軸通貨であるとは、日本人がイタリアでドルを使って買い物をし、チェコの商社とインドの商社がドル立てで取引をすることなのです。英語が基軸言語であるとは、日本人がイタリア人と英語で会話し、台湾の学者とチリの学者が英語で共同論文を書くことなのです。アメリカの貨幣と言語でしかないドルと英語が、アメリカを介在せずに世界中で流通しているということなのです。

 ローマの町で私が見いだしたのは、まさに非対称的な構造を持つ世界の縮図だったのです一方には、自国の貨幣と言語が他のすべての国々で使われる唯一の基軸国アメリカがあり、他方には、 そのアメリカの貨幣と言語を媒介として互いに交渉せざるをえない他のすべての非基軸国があるのです。
 もちろん、これは極端な図式です。現実には、非基軸国同士の直接的な接触も盛んですし、地域地域に小基軸国もありますし、欧州連合 (EU) や東南アジア諸国連合(ASEAN) のような地域共同体への動きもあります。だが、認識の第一歩は図式化にあります。
 ソ連が崩壊したとき、冷戦時代の思考を引きずっていた人々は、世界が覇権国アメリカによって一元的に支配される図を大まじめに描いていました。だが、私が今見出した基軸国と非基軸国の関係は、支配と非支配の関係として理解すべきではありません。
 確かに、ドルが基軸通貨となるきっかけは、かつてのアメリカ経済の圧倒的な強さにあります。だが、今、世界中の人々がドルを持っているのは、必ずしもアメリカ製品を買うためではありません。それは世界中の人がそのドルを貨幣として受け入れるからであり、その世界中の人がドルを受け入れるのは、やはり世界中の人がドルを受け入れるからにすぎないのです。
 ここに働いているのは、貨幣が貨幣であるのは、それが貨幣として使われているからであるという貨幣の自己循環論法です。そして、この自己循環論法によって、アメリ経済の地盤沈下にもかかわらず全世界でアメリカのドルが使われているのです。小さなアメリカと大きなアメリカとが共存しているのです。
 さて、 基軸通貨であることには大きな利益が伴います。 例えば日本の円が海外に持ち出されたとしても、それはいつかまた日本製品の購入のために戻ってきます。非基軸通貨国は自国の生産に見合った額の貨幣しか流通させることができないのです。
 ところがアメリカ政府の発行するドル札やアメリカの銀行の創造するドル預金の一部は、日本からイタリア、イタリアからドイツ、ドイツから台湾へ、と回遊しつづけ、アメリカには戻ってきません。アメリカは自国の生産に見合う以上のドルを流通させることができるのです。もちろん、アメリカはその分だけ他国の製品を余分に購買できますから、これは本当の丸もうけです。この丸もうけのことを、経済学ではシニョレッジ (君主特権) と呼んでいます。

 特権は乱用と背中合わせです。基軸通貨国は大いなる誘惑にさらされているのです。基軸通貨を過剰に発行する誘惑です。何しろドルを発行すればするほどもうかるのですから、 これほど大きな誘惑はありません。だが、この誘惑に負けると大変です。それが引き起こす世界全体のインフレは基軸通貨の価値に対する信用を失墜させ、その行き着く先は世界貿易の混乱による大恐慌です。
 それゆえ次のことが言えます。基軸通貨国は普通の資本主義国として振る舞ってはならない、と。基軸通貨国が基軸通貨国であるかぎり、その行動には全世界的な責任が課されるのです。たとえ自国の貨幣であろうとも、基軸通貨は世界全体の利益を考慮して発行されねばならないのです。
 皮肉なことに、冷戦時代のアメリカは資本主義陣営の盟主として、ある種の自己規律をもって行 動していました。だが、冷戦末期から、かつての盟友であった欧州や東アジアとの競争が激化し始めると、アメリカは内向きの姿勢を強めるようになりました。
 近年には自国の貿易赤字改善の方策として、ドル価値の意図的な引き下げを試み始めています。とくに純債務国に転落した一九八六年以降、その負担を軽減しうる切り下げの誘惑はますます強まっているはずです。
 基軸通貨国のアメリカが単なる一資本主義国として振る舞いつつあるのです。大きなアメリカと小さなアメリカとの間の対立-これが二十一世紀に向かう世界経済が抱える最大の難問の一つです。
 この難問にどう対処すればよいのでしょうか。理想論で済むならば、全世界的に管理される世界貨幣への移行を唱えておくだけでよいでしょう。だが、貨幣は生き物です。ドルは上からの強制によって流通しているわけではないのです。人工的な世界貨幣の導入の試みは、 エスペラント語の替及と同様、ことごとく失敗してきました。
 世界は非対称的な構造を持っているのです。その構造の中で、基軸国と非基軸国とが運命共同体をなしていることを私たちは認識しなければなりません。
 当然のことながら、基軸国であるアメリカは基軸国としての責任を自覚した行動を取るべきです。だがより重要なのは、非基軸国でしかない日本のような国も自国のことだけを考えてはいられないことです。非基軸国は非基軸国として、基軸国アメリカが普通の国として行動しないよう、常に監視し、助言し、協力する共同責任を負っているのです。
 私たちは従来、国際関係を支配の関係か対等の関係か、という二者択一で考えてきましたが、冷戦後の世界に求められているのは、まさにそのいずれでもない非対称的な国際協調関係なのです。それはだれの支配欲もだれの対等意識も満足させないものです。だが、世界経済の歴史の中で一つの基軸通貨体制の崩壊は決まって世界危機をもたらしたことを思い起こせば、この非対称的な国際協調関係に賭けられた二十一世紀の賭け金は大変に大きなものであるはずです。
 さて次は基軸言語としての英語について語らねばなりません。だがここでは、今まで貨幣について述べたことは言語についても言えるはずだ、と述べるだけにとどめておきます。 それについて詳しく論ずるには、今よりはるかに大きな紙幅を必要とするからです。なにしろ歴史によれば、一つの基軸通貨体制の寿命はせいぜい百年、二百年であったのに対し、 あのラテン語ローマ帝国滅亡の後、千年にもわたって欧州の基軸言語としての地位を保っていたのですから。
(岩井克人 「二十一世紀の資本主義論』 筑摩書房、 2000年より抜粋)

[設問]

A. 筆者が25年ぶりにローマを訪れた際に気づいた「大きなアメリカ」を成立させている条件のなかで、 通貨が果たしている役割を課題文に則して200字以内で説明しなさい。

B. 課題文は1997年に書かれたものであるが、 その指摘は現在も生きていると思われる。一方、課題文で述べられている、支配関係は存在しないが、 非対称的な関係にある事例は、 ドルや英語における国家や個人の例に限らず、他にも存在すると考えられる。あなたが今後も続くと考える、支配関係は存在しないが、非対称的な関係にある具体例を挙げ、そこでの両者の責任についてあなたの意見を400字以内で書きなさい。具体例は、個人、組織、国家などは問わない。

 この文章が古いなあ、というのは「小さなアメリカ」を「経済の地盤沈下」をしている国として捉えていた点です(本文にアンダーラインを引きました)。ここから、20年程度経った現在のアメリカ経済は、1990年代まで続いた貿易赤字を解消し株式市場の時価総額を半数以上占める世界経済の覇権を握る国として経済成長を果たしました。時価総額のトップ5はGAFAと呼ばれるIT企業が占めています。

 

 来週の初めには、Aの要約問題について、実際に書いてもらった解答をもとに解説をします。また、要約の書かねばならない点について、冒頭でふれましたが、その理由を解き明かします。

 読者の皆さま、解答を書いてみてください。