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小論文テーマ No25 多数決に於ける同調圧力、わかりますか ver2 (2022年慶応義塾大学経済学部 小論文問題より)

小論文テーマ No25 多数決に於ける同調圧力、わかりますか  ver2(2022年慶応義塾大学経済学部 小論文問題より)

 

 3割程度の「確信者」の意見が多数決で大意になっているという課題文でした。自由な意見が述べられるSNSにも関わらず、こちらも3割程度の「確信者」の意見に同意することになる。自由な個人が同調圧力の中で不自由であるという、民主主義社会のパラドックスです。

 さて、一般入試も近づいてきましたので、本文の解説はここまで。B問題を取り上げます。次のような問題でした(課題文は前回の内容を参照してください)。読者のみなさま、お読みください。

 

 B.課題文を踏まえた上で、課題文Ⅱにおける「学問への参入者の増大」により生じうる問題 と、それに対して「一人の人間が持つ知性が一体どんな意味を持ちうるのか」について、あなたの考えを400字以内にまとめなさい。

 

B問題の解答をDSCHさんから、いただきました。内容としては、十分な解答だと思います(傍線部は私が引きました)。

 

B 学問の参入者が増大すると一般の人々が研究に参加し貢献するような活動がおこりはじめる。しかし世界中の人々が研究のためにデータ収集に関わるようになると、かえって一般の人と科学者との間に階層化が進展し、少数の科学者が階層の頂点に立ち、全体のトレンドに影響を与えるようになる。このような状況では一人の人間がもつ知性はないがしろにされ、専門知のみに重点が置かれるようになってしまう。一般の人は専門知に囚われない、より「生活に根ざした地域レベルの知」を持っており、こうした個人の真意を的確に科学者などの専門家に反映させるためには、現在の多数決型の合意形成ではなく、お互いに様々な意見を出しあって合意形成をおこなうディスカッション型の導入と普及が必要であるといえる。(363字)

 

 60分の制限時間ではこれで十分です。ここでは、さらに細部をつめてみます。傍線部の解答「お互いに様々な意見を出しあって合意形成をおこなうディスカッション型の導入と普及が必要である」が、問いの「一人の人間が持つ知性」の「意味」に対する答えにはなっていません。意見に階層性があるので合意形成を行う形式の導入が必要だというDSCHさんの主張になっています。

 

 また、意見の階層性を前提として、傍線部「生活に根ざした地域レベルの知」の意味とは何かにはご指摘がありません。ここを深彫りすると、問いの「一人の人間が持つ知性が一体どんな意味を持ちうるのか」の答えを考えることができたのではないでしょうか。

 

  ではどのように考えればいいのか。

 

 専門知と「生活に根ざした地域レベルの知」である実践知のずれを具体的に指摘するといいと思います。私であれば、「育休制度」の問題を指摘して書くと思います。

 

B 学問の参入者の増大により、世界中の人々が研究のためにデータ収集に関わる。この結果、一般の人と研究者との間に階層化が進展し、少数の研究者が階層の頂点に立ち、全体のトレンドに影響を与えるようになる。 たとえば、企業組織の研究者が企業内の男性の育児休業の取得率を改善することを目的に、企業内の男女の職務内容の違いを調査し男性の働き方の提案をする。実際に、情報提供者である男性は、企業内の問題だけでなく男女の雇用制度の運用や正規・非正規の違い、地域のサポートなどで育児休業を取得しない判断をしている場合が多く見られる。企業組織の研究者と情報提供者の市民は問題を解決する上で協力しているが、実践現場の市民の知を取り上げずに研究者の志向のもとに大量の情報データを収集し分析することになる。実践現場に根差した知こそが一人の人間の知性である。研究者は市民の視点から問題を検討し生活に根ざした知を作ることができる。(398字)

 

 研究者と市民のずれを具体的に説明すれば、最後の「お互いに様々な意見を出しあって合意形成をおこなうディスカッション型の導入と普及が必要であるといえる」の文が必要なくなりますよ。

 DSCHさんの解答は具体例が挙げられていませんが、制限時間内で具体例を挙げられなかった場合の解答としては、ありかなと思います。ただし、小論文の問題なので具体例が挙がっていないのは、減点対象になります。

 B問題の駿台の解答の検討については、後日配信します。

 2021年度のB問題の赤本の解答の検討については、配信しています(小論文テーマ No23 基軸通貨「ドル」の役割、わかりますか  ver4)

 

追記 

 お約束していましたB問題の駿台の解答について検討します。次の解答です。生態系や環境科学を具体例に取り上げています(私が傍線を引いた箇所)。

 

 急速に増加する「シチズン・サイエンス」の例として生態系や環境科学を取り上げる。自分達の生態系や酸性雨や環境変化について、一部の学者のみならず、市民自らがその取り巻く様々な環境に取り組んできた。それはインターネットと同時並行で拡大してきた。そこで実現したのは、学問の分業構造に市民が組み込まれ、少数の専門家が非公式のエリートグループを作り、階層秩序の頂点に立って取り仕切る構造であるかも知れない。しかし、長期的視点に立つ時、温暖化や気候変動に有効な対策を実現するには、市民層が自らの間題として捉え、地域のコミュニティのあり方、働き方、住宅・交通のあり方を全面的に変える必要がある。当事者としての市民が専門家や政府との対話を通して高い知性を持ち続けること無くして、21世紀最大の課題である温暖化に対応できない。単なる専門家への同調ではなく、自らの知性を用いることで、より高度な集合知を形成すべきである。(397字)

 

 最後の二文が問いの「一人の人間が持つ知性が一体どんな意味を持ちうるのか」に対する答えとなっています。「対話を通した高い知性」や「高度な集合知」となることが解答ですよね。こうした「知性」が、温暖化対策の市民レベルでは何を指しているかが、私にはよくわかりませんでした。たとえば、脱炭素対策の消費行動や生産活動など、多様な知があるかなと思いました。具体例はできりかぎり絞って、論を展開することを読者の皆様にはお勧めします。

 受験生の皆様、来週の試験でよい成果を得られますように!

 

 

 

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小論文テーマ No24 多数決に於ける同調圧力、わかりますか  (2022年慶応義塾大学経済学部 小論文問題より)

小論文テーマ No24 多数決に於ける同調圧力、わかりますか  (2022年慶応義塾大学経済学部 小論文問題より)

 いよいよ、入試も本格的に始まってきましたね。今回は2022年の慶応大学経済学部小論文問題を取り上げます。

 次の2つの課題文Ⅰ、Ⅱを読んで、設問 A、 Bに答えなさい。解答は解答用紙の所定の欄に横書きで記入しなさい。

[課題文]

Ⅰ. 多数決は誰の意思か
(日本経済新聞2021年7月11日朝刊より抜粋)

世界を動かす力の一つにオピニオンがある。人々が織りなす考えや主張は社会のムードをつくり、時代を塗り替えてきた。そのオピニオン誕生の力学がスマートフォンSNS (交流サイト) の普及で変わってきたのではないか。好奇心旺盛な科学者らが新たな原理の探索に乗り出した。
【多数決】賛成者の多い意見を集団として受け入れて物事を決めるしくみ-、私たちは多数決が公平さを担保し、民主主義の根幹をなすと信じている。だからこそ、人々は選挙などの結果を受け入れる。だが、多数決は金科玉条なのか。
 「2~3割の人の意見が、全体に優先してしまう」、高知工科大学の全卓樹教授は自らの研究をもとに、多数決とは言いがたい例がある現実をこう明かす。
 全教授は、多くの人が周りと意見を交わすうちに世論のような社会のムードができあがるしくみを解明する「世論力学 (オピニオンダイナミクス)」理論の第一人者だ。 2020年にフランス国立科学研究センターのセルジュ・ガラム博士と共同で発表した論文は民主主義を強く信じてきた人々に少なからず動揺をもたらした。
 論文では、集団の意思が決まるまでの過程をシミュレーション (模擬計算) した。自分の意見を譲らない「確信者」と、他人の意見に影響を受ける「浮動票者」を想定し、集団全体の意見の変遷を数値の変化でわかるようにした。途中、確信者の意見に対して、浮動票者の考えが揺れ動く。突如、変化が起きた。確信者の数を25~30%超まで増やしたとたん、浮動票者全員が確信者の意見に転じたのだ。
 3割程度の意見が全体の世論を左右する様子は、集団の意思決定時にふさわしいとされた多数決の力学とは異なる。「多数決」どころか「3割決」の傾向は、SNSを介して議論するような場合に観察できるという。「集団の意思決定に別のしくみが現れた」 と全教授はいう。
 多数決への信仰が生まれたのは、紀元前5世紀ごろの古代ギリシャだ。市民が戦争や財政について語り合い、今でいう多数決で方針を決めた。社会が発展すると王政や貴族政治が続き、ファシズムなどを乗り越えて、法律や財政、外交などの重要課題を多数決で決めるのが慣例になった。

議論に加わる人数が限られた昔は、一部の意見が多数を支配する傾向が強かった。以前にガラム博士が発表した論文では,わずか17%の意見が世論を左右するとの計算結果が出た。
 今はSNSがある。全教授は「マスコミを通じて数人のオピニオンリーダーが世論を率いた2000年頃よりも前と現在は違う」と話す。そうだとしたら、デジタル社会のさらなる進展で「一人ひとりの多様な意見を全体に反映するのはたやすい」「民意を直接、確実に届ける国民投票がかなうかもしれない」と思えてくる。
 だが、SNSは民主主義を支える多数決の理想型に近づく可能性を感じさせる一方で、地域や生活様式を超えたつながりやすさゆえに「一部」 の意見を「多数」 と惑わす遠因にもなる。理想と現実との間の溝を高知工科大学の研究成果は浮き彫りにする。
 鳥取大学の石井晃教授らの理論研究では、一人ひとりの真意を吸い上げる難しさが明らかになった。
 研究では、世界に1千人が住み、100人は 「ほかの誰もが見聞きできる情報」をじかに入手できないと仮定した。
 この情報を550人以上が信じてSNSや会話で周りに言いふらしたとして計算すると、情報から隔絶されている100人の8~9割までもが次第に同じ情報に染まっていった。集団の55%が信じる情報が同調を招き、一人ひとりの生の声を覆い隠すという結果になった。

(中略)

一人ひとりが情報の海の中で生きる現代は、意思決定が誰にとっても難しい時代でもある。そんな今を生きているという自覚が求められている。 (草塩拓郎)

Ⅱ 変容する科学とその行方
(隠岐さや香 『文系と理系はなぜ分かれたのか』 星海社、2018年より抜粋)
 学術が、科学がどうなるのか。未来のことは誰にもわかりません。ただ、現代は、めざましい情報技術の進展も手伝って、この先どうなるのだろうかという、期待と不安に包まれた時代だと思います。

 歴史を振り返る限り、「文系理系」を含め、学問の分類を大きく変えてきたのは、人間が扱える情報の増大と、学問に参入できる人の増加です。たとえば、活版印刷が生まれて本が普及したことは、近代的な諸学問が発展したことと無関係ではないでしょう。その意味で,近年の情報技術の発展が私たちに何をもたらすのか、未知数の側面はあります。
 ただ、文理の区分を含め、私自身はすぐに大きな変化があるとは思っていません。情報技術は、あらゆる分野で処理可能なデータの量を飛躍的に増やしましたが、現状では、研究の手段を豊かにしたという段階に留まっている気がします。
 むしろ、明白な変化が起きているのは、人と人のマッチングや交流のあり方です。(中略) 尖った専門性のある人とその間をつなぐ人とで補い合い、集合知を発揮する、という方向の取り組みが今後増えていきそうです。

学問への参入者の増大という点については、情報技術の問題とは独立に、前から新しい動きがあります。研究をしたことがない一般の人が、参加し、貢献することができるような研究活動が、様々な分野で出現しているのです。社会科学や一部の環境科学的プロジェクトにおいては、「参加 型研究」 「アクションリサーチ」などといわれます。理工医系では「シチズン・サイエンス」という 言葉がよく使われています。
 背景には、集合知としての研究を追求する視点、すなわち、学問の諸分野に加えて、一般市民も含めた、多様な立場の人が持つ知見をうまく集めて問題解決につなげよう、との発想があります。

典型的な参加型研究の取り組みは、ある地域の課題解決を目指すタイプのものです。それも、研究者が一方的に専門家として住民を受け身の「調査対象」とするのではなく、コミュニティの人々と共に改善の可能な問題について話し合い、可能な作業を分担するといった形を取ります。(中略)
 このように様々な分野で、壮大な挑戦のため、世界中の市民と研究者が協働しています。
 ただ、素晴らしい試みの陰には、常に課題も生じることを忘れてはならないでじょう。参加する人々が多様化し、規模が大きくなる場合について、私たちはようやく知見を積み重ね始めたばかりです。特に、情報技術や、先進国の豊富な資金源でもってその可能性が極限まで引き上げられている場合や、市場を通じた価値づけがなされる可能性のある研究の場合は、それが参加者一人一人にとって何を意味するのか、常に考え続ける必要があると思います。
 まだこれからの試みですから断言はできませんが、社会科学系の「アクションリサーチ」 と自然科学系の「シチズン・サイエンス」に関する文献からは、いくつかの課題も浮かび上がってきます。それは主に、人間に関するものと、データの扱いによるものに大別できるようです。「アクション・リサーチ」では、地域の生活に関わるテーマも多い関係上、「個々の参加者と人間として向き合う」ことが必要となります。特に、地域住民が「生活を乱された」 「研究の道具にされた」という気持ちにならないようなアプローチは重要な関心事です。
 「シチズン・サイエンス」では「集まってきたデータと向き合う」ことが基本となりやすく、データ処理に関する課題が検討されているようです。たとえば、「質の違いが大きいデータをどのように気をつけて分析するべきか」「参加者によりデータ収集への貢献度が大きく違うことが多いが、報酬をどのように設定するべきか」などの議論がみられました。ただ、課題の性質上、「市民に科学への親しみを持ってもらえる」「科学に関心のある市民に、研究者と一般社会の橋渡しをしてもらえる」という明るい論調が前面に出ていました。
 問題が起きないのなら、それに越したことはありません。ただ、こんな話をするのは、世界中の人々が研究のため、データ収集に関わるような状況が仮に生じると仮定した場合、 ある過去の議論を思い出すからです。
 一九六〇年代のことです。デレク・プライスは、二〇世紀における自然科学研究者の人口と研究論文数の指数関数的増加に着目しました。そして、職人の工房のような「リトル・サイエンス」から、大型装置を備えた工場のような研究室でチーム作業の行われる 「ビッグサイエンス」に移行したと認識しました。プライスが鋭いのは、そこに科学の普及と民主化よりは、徹底した分業と、階層化の進展を見出したことです。実際のところ、出現したのは、各分野で、少数の科学者が非公式のエリートグループを作り、情報の流通を密に行いながら、階層秩序の頂点に立って全体のトレ ンドに影響を与えていくという構造でした。そして、多くの研究者にとっては、巨大装置を用いて毎日大量のデータをモニタリングし、そこからひたすら情報処理を繰り返すのが仕事になっていきました。
 科学の対象が複雑化し、膨大な情報処理が必要となる時代においては、学際的な研究の営みへとこれまで以上に多くの人が引き込まれていくのでしょう。そして、人文社会でも、理工医でも、研 の内容が、膨大な作業の分業のような性質のものであるとき、個人は巨大な構造の一部となります。爆発的に増え続ける情報と、それを扱える技術の出現。巨大化する協働のコミュニティを前に、一人の人間が持つ知性が一体どんな意味を持ちうるのか。そうしたことも考えなければいけない時代となっている気がします。
常用漢字表の例にない漢字については、原文にある以外に一部ふりがなをつけた。

[設問]
A. 課題文に基づき、個人の多様な意見を反映する集団的意思決定ルールとして、多数決の問題点を200字以内で説明しなさい。

B.課題文を踏まえた上で、課題文Ⅱにおける「学問への参入者の増大」により生じうる問題 と、それに対して「一人の人間が持つ知性が一体どんな意味を持ちうるのか」について、あなたの考えを400字以内にまとめなさい。

 前回に取り上げた2021年度の問題と異なる点は、二種類の文章を取り上げていることです。当然ながら、課題文ⅠとⅡには、ずれがありますが、共通点は何かと、考えます。大枠が捉えられればいいという読みになります。

 

 課題文ⅠのA問題では、「多数決の問題点」が問われています。「3割の確信者」の意見が全体の意見になってしまうこととSNSでも同様のことが起こることを説明すればいいでしょう。

 B問題の課題文Ⅱでは、専門知を握る一部の研究者と、それ以外の情報処理をする研究者及び市民との関係が述べられています。

 さて、課題文ⅠとⅡの共通点は何か。みなさん、わかりますか。

 

 答えは非対称的な関係です。

 

 「3割の確信者」及び「専門知を握る一部の研究者」が独占的な地位を占めていて、それ以外の人たちが対峙しているという関係です。

 

 非対称的な関係という言葉、読者のみなさま、覚えていませんか?

 

 2021年度の入試問題「基軸通貨」のB問題です。小論文の過去問を解く際には、何か似たような傾向をつかむことが、他の科目と同様に大切です。

 今年は、どうなのか?

 慶応大学経済学部の小論文問題の課題文を読んで類似する具体例を挙げて、説明する問題は傾向としてあります。おそらく共通テストを受けて、課題文が二つ出題されていると思われますが、課題文が一つでも二つでも、類似するものを考えることが問題を解く鍵になりますね。

 

 A問題の解答をDSCHさんから、いただきました。内容としては、多数決の問題点を十分に指摘していると思います。

 

A多数決では、自分の意見を譲らない確信者がある程度の割合を占めていると、他人の意見に影響を受ける浮動票者はそれに同調してしまうので、総意を的確に反映できず、一部の意見が全体を左右してしまうという問題点がある。また近年ではSNSの普及により、そこから入手した情報を他人に話すと、その意見にさらに多くの人が同調してしまうので、多数決では一人ひとりの真意を全体に反映することは難しいという問題点もある。(177字)

 

 傍線部は3割程度と課題文に書かれています。この実数は書いた方がいいです。200字までまだ字数が書けるので、「SNSの情報から隔離された者もSNSの情報の同調圧力を受けてしまう」ということを書くといいかな、と思います。

 次回はB問題を取り上げます。

 

小論文テーマ No23 基軸通貨「ドル」の役割、わかりますか ver4(2021年慶応義塾大学経済学部 小論文問題より)

小論文テーマ No23 基軸通貨「ドル」の役割、わかりますか  ver4(2021年慶応義塾大学経済学部 小論文問題より)

 

前回の続きです。最後の、B問題です。問題は次のようなものでした。

B. 課題文は1997年に書かれたものであるが、 その指摘は現在も生きていると思われる。一方、課題文で述べられている、支配関係は存在しないが、非対称的な関係にある事例は、ドルや英語における国家や個人の例に限らず、他にも存在すると考えられる。あなたが今後も続くと考える、支配関係は存在しないが、非対称的な関係にある具体例を挙げ、そこでの両者の責任についてあなたの意見を400字以内で書きなさい。具体例は、個人、組織、国家などは問わない。

 

ここで重要なのは、傍線部です(私が引きました)まず「非対称的な関係」にあるものの具体例を挙げることです。次に、その「両者の責任」を説明することです。この条件を満たしていない答案は、点数が与えられないと思ってください。

 

ではDSCHさんの解答を見てみましょう。

B日本の政治の世界では、国会議員は男性が女性より多いという非対称的な関係があり、これは世界的にも異例のことである。これではケアのような長い間女性が負担してきた職への支援などの法整備が進みにくくなる。

男性は高度経済成長期から男が働き、女は家事をするといった旧来の価値観を、政治の世界に適用してしまい、このモデルを維持している。今求められているのは、性別ではなく、能力によって議員としての資質を評価することである。

一方女性も、有権者投票率の低さを考慮すると、選挙権を行使し、女性の地位向上を掲げるような候補に投票すれば、議員の男女比について国民の声を直接反映することができる。投票によって男性中心の現状では問題視されなかったことが社会全体に認識されれば、偏った男女比は少しずつ改善されてゆくだろう。(346字)

 

問われている二点についてDSCHさんの解答を検討します。「非対称的な関係」については説明できています。ただし、男性と女性の「責任」を説明できていません。表面的な事象をつなぐのでなく、男女の「責任」を深彫りした説明が求められます

ではどのようにしたらいいでしょうか。みなさんだったらどのように、この解答を書き直しますか。他者が書いた解答を、自分事として書き直すことは、小論文の力を向上させる近道です。挑戦してみてください。

 

私でしたら、次のように書き直します。説明の都合上、DSCHさんの解答に1~8の番号を振りました。私が、書き直したい箇所です。みなさんだったら、どの箇所をかきなおしたいでしょうか。

 

B日本の政治の世界では、国会議員は男性が女性より多いという非対称的な関係があり、1これは世界的にも異例のことである。2これではケアのような長い間女性が負担してきた3職への支援などの法整備が進みにくくなる

男性は高度経済成長期から男が働き、女は家事をするといった旧来の価値観を、政治の世界に適用してしまい、4このモデルを維持している。今求められているのは、5性別ではなく、能力によって議員としての資質を評価することである

一方6女性も、有権者投票率の低さを考慮すると、選挙権を行使し、女性の地位向上を掲げるような候補に7投票すれば、議員の男女比について国民の声を直接反映することができる。8投票によって男性中心の現状では問題視されなかったことが社会全体に認識されれば、偏った男女比は少しずつ改善されてゆくだろう。(346字)

 

では、説明してゆきます。傍線1についてですが、国会議員の比率が「非対称的な関係」の国は多いので、この表現は誤りです。小論文の解答に書く際には「異例」という言葉は避けることを勧めます。ここは、次のように書き換えたらいかがですか。「ジェンダーギャップ指数の高い先進国の一つである」と。

 

傍線2については、「ケア」の内容を明確にしたほうがいいです。「超高齢社会の中で必要とされるケアは」と直します。傍線3については、「職への支援などの法整備」の内容がわかりにくいです。「ジェンダーギャップ指数を解消する法整備が進まなかった」と直します。

 

傍線部4について、ここも内容を明確化したほうがいいです。「社会的な行き詰まりをもたらした責任がある」と直します。ここで重要なのは、問われている「責任」を説明することです傍線部5について、前の文とのつながりが大事です。「性別」ではなく、「能力」が大事であるという主張はいいです。ただし、この文の文脈のつながりがなく、書かれている印象があります。「旧来の価値観で作られた法制度の問題を解消することである」と直します。

 

傍線部6について、「女性」一般の有権者投票率が低いという内容ですが、例えば年齢層で投票率は異なっています。ここは、一般化できないことですので、「若年者の女性」と特定化したほうがいいです。「若年者の女性の投票率の低さを考量すると、彼女たちが」と直します。傍線部7について、問われている内容の、女性の「責任」を説明します。「投票することで女性の声を国政や市政に反映させる責任がある」と直します。

 

傍線部8について、小論文では自分の期待や希望的な観測は触れないほうがいいです。たとえば、大学の志望動機や面接では触れなければなりませんが、この問題では必要ないと思われます。「女性の投票行動によって議員の男女比が解消されないようであれば、クゥオータ制の導入などで女性議員の比率を上げる政策を検討すべきである」といった内容に言い換えたらどうでしょうか。

 

次のものは、私が書き直した解答です。

B日本は国会議員の男性が女性より多いという非対称的な関係があり、ジェンダーギャップ指数の高い先進国の一つである。超高齢社会の中で必要とされるケアは長い間女性が負担してきたが、ジェンダーギャップ指数を解消する法整備は進まなかった。

男性は高度経済成長期から男が働き、女は家事をするといった旧来の価値観を、政治の世界に適用してしまい、社会的な行き詰まりをもたらした責任がある。今求められているのは、旧来の価値観で作られた法制度の問題を解消することである。

若年者の女性の投票率の低さを考量すると、彼女たちが選挙権を行使し、女性の地位向上を掲げるような候補に投票することで、女性の声を国政や市政に反映させる責任がある。女性の投票行動によって議員の男女比が解消されないようであれば、クゥオータ制の導入などで女性議員の比率を上げる政策を検討すべきである。(369字)

 

解答の字数は制限字数の九割に増えました。DSCHさんの解答の字数ですと、八割弱なので、時間があれば九割は書き足した方がいいです。

とりあえず、B問題について説明してきました。赤本のB問題の解答については、後日、ふれる予定です。

 

また女性の労働の在り方は、「小論文教育ブログ」で取り上げ続けてきました。またnakatalab「はじめての金融教育」でも、実数や法制度を挙げる中で、取り上げています。ご参考にしてください。

 

小論文の問題を解く際に、日本の社会問題の中で自分事として解決したいという問題意識を持っていることが大切です。私は、ライフイベントの中で「男女の雇用」と「超高齢社会を維持する社会保障制度」を問題意識として持っています。ここで、お書きしているのはその二つを深彫りして説明しています。

ですので、読者が受験生でなくても、専業主婦であっても、性別や年齢を問わず、どなたでもこの問題を乗り越えてゆくための考え方(「小論文教育ブログ」)や法制度の利用(「はじめての金融教育」)を提案しています。

 

寒さが厳しいですが、受験生の読者のみなさまにとって、幸福が訪れることを祈っています。

 

追記

 お約束していました赤本のB問題の解答を検討します。おそらく、受験生は具体例として歴史的な事実を考える人が多いと思います(赤本の解答例は省略します。実際に手にとって読んでください)。

 

 赤本では「核不拡散条約」に於ける、「核保有国」と「非核保有国」の例が挙げられています。両者は核を持つ・持たないという非対称的関係です。ただし、「核をもつ」ことが「軍事的な優位」を示すように、世界全体の情勢を左右する、支配的な国々と、そのことの影響を受ける、被支配的な国々という意味では「支配関係」は存在しないと言えるかは、微妙な具体例ではないかと思われます。軍事力とは、支配関係にかかわるものと一般的には考えるのではないでしょうか。

 「非核保有国」の責任として、「核保有国の動向の監視」や「核軍縮や紛争の平和的な解決」を挙げています。前者の責任は解答にある「国際原子力機関」の責任ではないかと思われます。後者の「紛争解決」の責任は「国連」ではないか。そうすると、「非核保有国」の責任とは何ですか?

 

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小論文テーマ No22 基軸通貨「ドル」の役割、わかりますか ver3(2021年慶応義塾大学経済学部 小論文問題より)

小論文テーマ No22 基軸通貨「ドル」の役割、わかりますか  ver3(2021年慶応義塾大学経済学部 小論文問題より)

 

前回の慶応大学経済学部小論文問題のA要約の続きです。次のものは赤本の解答です。

 

 A. アメリカ経済の圧倒的な強さを背景に基軸通貨と なったドルは, 貨幣が貨幣であるのは,それが貨幣として使わ れているからであるという自己循環論法により, アメリカを介在せずに世 界中で流通している。 そのため, アメリカは自国の生産に見合う以上のド ルを流通させ,その分だけ余分に他国の製品を購買できるという特権をも つ一方で、 自国の貨幣であっても世界全体の利益を考慮して発行せねばな 点 らないという責任も負っている。 (200字以内)

 

 この解答について検討します。赤本の解答は「自己循環論法」によって世界中にドルが流通しているという説明をしています。この「貨幣が貨幣であるのは、それが貨幣として使われているという自己循環法」とは、何を意味するのか。私には、よくわかりmません。皆さまは、いかがですか。「自己循環法」は別の言葉で言い換えて説明する必要がありますね。

 次の「余分に他国の製品を購入できる」という説明は、あってもなくてもいいかな。

さらに次の「自国の貨幣であっても世界全体の利益を考慮して発行せねばならぬという責任も負っている」ですが、なぜ「責任」があるのか、という説明にはなっていないと思われます。前回にお書きしましたが、世界全体を経済不況にするというインフレ政策を説明しないと、「大きなアメリカ」の役割はわからないと思います。

 要約問題について、本文の言葉をつないで書くのは当然です。ただし、赤本の解答は本文の言葉をつないで書いてあります。そのため、「大きなアメリカ」の役割を説明できていないと思われます。

 

 さて、DSCHさんに前回の解答の誤りを指摘し、書き直してもらいました。その解答を見てみましょう。

A ドルは無制限に供給されることで基軸通貨となった。そうして通貨が全ての国々で使われる基軸国アメリカと、ドルを介して交渉せざるを得ない他のすべての非基軸国という非対称的な構造が生まれた。またアメリカはドルが発行するほど儲けられる君主特権を持っているが、過剰発行をすれば世界的なインフレを招き、基軸通貨の信用は失墜してしまう。ドルは世界全体の利益を考慮し責任を持って発行される必要がある。(191字)

 

 赤本の解答よりもDSCHさんの解答の方が、断然いいでしょう!というわけで、市販されている解答を批判的に読み込むことが大切です。慶応大学の小論文では、難解な文章が出題されます。小論文の参考書を数多くお書きになっている樋口裕一は、慶応大学の小論文問題について、わからない内容でも字数を埋めなさいと助言しています。赤本の解答も、そこまでわかっていないという内容ではないですが、本文の言葉をつないで字数を埋めた解答になっていますね(教学社さん、解説及び解答のご依頼、受領しますよ)。

 というわけで、小論文は付け焼刃でどうにかなるものではないと、ご理解して下さい。前回にご説明した内容は深彫りしたものになっているので、基軸通貨の役割を理解できると思います。

 

 次回はB問題を解説します。問題は次のようなものでした。

B. 課題文は1997年に書かれたものであるが、 その指摘は現在も生きていると思われる。一方、課題文で述べられている、支配関係は存在しないが、 非対称的な関係にある事例は、ドルや英語における国家や個人の例に限らず、他にも存在すると考えられる。あなたが今後も続くと考える、支配関係は存在しないが、非対称的な関係にある具体例を挙げ、そこでの両者の責任についてあなたの意見を400字以内で書きなさい。具体例は、個人、組織、国家などは問わない。

 

読者のみなさま、ご解答をお待ちしています!

 

 

 

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小論文テーマ No21 基軸通貨「ドル」の役割、わかりますか ver2(2021年慶応義塾大学経済学部 小論文問題より)

小論文テーマ No21 基軸通貨「ドル」の役割、わかりますか  ver2(2021年慶応義塾大学経済学部 小論文問題より)

 

 今回は「ドル」の役割について、問題文の一部を解説をします。前回に書きましたが、世界中、ドル決済で商品の売買は行われています。もちろん、一部はユーロ決済や円決済もありますが、ほんのわずかです。そのことがドルを基軸通貨として流通させています。問題文に引いた傍線部は、そのことです。問題文は青色で表示しています。

 

 確かに、ドルが基軸通貨となるきっかけは、かつてのアメリカ経済の圧倒的な強さにあります。だが、今、世界中の人々がドルを持っているのは、必ずしもアメリカ製品を買うためではありません。それは世界中の人がそのドルを貨幣として受け入れるからであり、その世界中の人がドルを受け入れるのは、やはり世界中の人がドルを受け入れるからにすぎないのです。

 

 「自己循環法」と、難しそうな言葉が出てきました。要するに、ドル決済しかないので、ドルが世界中に流通するということです。経済的には流動性と言います。流動性がなくなると、売れなくなります。たとえば、日本国債が話題になっています。日銀以外が10年物の国債を購入していないために、流動性がなくなっています。先日、世界の債券指数から日本国債が外されました。これも、市場の流動性がないためです。簡単に言えば、購入する方が極端にすくなくなっているということです。「f小さなアメリカ」については、前回、ふれましたのでそれをお読みください(小論文テーマ No20 基軸通貨「ドル」の役割は、わかりますか ver1(2021年慶応義塾大学経済学部 小論文問題より)


 ここに働いているのは、貨幣が貨幣であるのは、それが貨幣として使われているからであるという貨幣の自己循環論法です。そして、この自己循環論法によって、アメリ経済の地盤沈下にもかかわらず全世界でアメリカのドルが使われているのです。小さなアメリカと大きなアメリカとが共存しているのです。

 

 自国の生産力に見合った通貨量は重要です。貨幣量と商品価格はリンクしています。

貨幣量が少なくなれば貨幣価値は上がります。例えば、円高になります。為替相場が動きますので、商品価格も同時に動きます。資源や素材を輸入し国内で製品を生産していれば商品価格を下げることができますよね。ですから、通貨量は国家に管理されています。今話題のweb3.0は国家の管理から自由になる通貨を目的にして、ビットコインイーサリアムなどが出てきています。


 さて、 基軸通貨であることには大きな利益が伴います。 例えば日本の円が海外に持ち出されたとしても、それはいつかまた日本製品の購入のために戻ってきます。非基軸通貨国は自国の生産に見合った額の貨幣しか流通させることができないのです。

 

 アメリカのドルは国内だけでなく、世界中の国々の決済に使用されていますので無制限に発行できます。そして、自国だけでなく、世界中の国々がドルを買いますので、貨幣価値を維持できます。たとえば、この十年ほど日本はゼロ金利でしたが、アメリカは日本よりも相対的に高い金利を維持してきました。金利が維持できるのも、買い手がいるからです。生命保険や銀行は、安定的な金利収入を得られる米国債を買って利益を得てきました。預金金利の低い円を売って米国債を買えば利益が得られたわけです。ですから、ドルは無制限に発行されます。そしてそれが投資にも回ってさらに生産力を上げることができました。給与もそれに応じて上昇したわけです。


 ところがアメリカ政府の発行するドル札やアメリカの銀行の創造するドル預金の一部は、日本からイタリア、イタリアからドイツ、ドイツから台湾へ、と回遊しつづけ、アメリカには戻ってきません。アメリカは自国の生産に見合う以上のドルを流通させることができるのです。もちろん、アメリカはその分だけ他国の製品を余分に購買できますから、これは本当の丸もうけです。この丸もうけのことを、経済学ではシニョレッジ (君主特権) と呼んでいます

 

 傍線を引いたこの段落と次の段落が大事です。無制限に貨幣量を発行してゆくと、インフレになります。そして、基軸通貨でドル決済をしている世界中の国々の債務は、ドルの金利がインフレに伴い、上昇すると、金利負担が重くなります。これが、世界的な不況をもたらします。それは、ドルが基軸通貨だからです。このことに必ず、触れましょう。

 

 特権は乱用と背中合わせです。基軸通貨国は大いなる誘惑にさらされているのです。基軸通貨を過剰に発行する誘惑です。何しろドルを発行すればするほどもうかるのですから、 これほど大きな誘惑はありません。だが、この誘惑に負けると大変です。それが引き起こす世界全体のインフレは基軸通貨の価値に対する信用を失墜させ、その行き着く先は世界貿易の混乱による大恐慌です
 それゆえ次のことが言えます。基軸通貨国は普通の資本主義国として振る舞ってはならない、と。基軸通貨国が基軸通貨国であるかぎり、その行動には全世界的な責任が課されるのです。たとえ自国の貨幣であろうとも、基軸通貨は世界全体の利益を考慮して発行されねばならないのです

 

 お気づきと思いますが、傍線部の「東アジア」とは1980年代の日本です。欧州は「ドイツ」です。このあたりは、プラザ合意に於ける、円の切り上げやマルクの切り上げをすることでドルは切り下げられたことを説明してしています。

 そして「大きなアメリカ」と「小さなアメリカ」です。前回、説明しましたが、グローバル経済を担うアメリカと国内経済を重要視するアメリカが「対立」し均衡状態が崩れてしまう。


 皮肉なことに、冷戦時代のアメリカは資本主義陣営の盟主として、ある種の自己規律をもって行 動していました。だが、冷戦末期から、かつての盟友であった欧州東アジアとの競争が激化し始めると、アメリカは内向きの姿勢を強めるようになりました。
 近年には自国の貿易赤字改善の方策として、ドル価値の意図的な引き下げを試み始めています。とくに純債務国に転落した一九八六年以降、その負担を軽減しうる切り下げの誘惑はますます強まっているはずです。
 基軸通貨国のアメリカが単なる一資本主義国として振る舞いつつあるのです。大きなアメリカと小さなアメリカとの間の対立-これが二十一世紀に向かう世界経済が抱える最大の難問の一つです。

 

 ここまでの説明でご理解いただけたと思いますが、筆者が言うように「世界は非対称的な構造」こそが、世界経済の構造です。なので、アメリカの責任は重要です。「非対称的な構造」については、Bの問題で問われています。この言葉もキーワードですが、Aの要約としては、これより前の段落の「大きなアメリカ」と「小さなアメリカ」を説明するので十分だと思います。「非対称性」まで、要約に入れると200字以内で説明できないと思われます。


 この難問にどう対処すればよいのでしょうか。理想論で済むならば、全世界的に管理される世界貨幣への移行を唱えておくだけでよいでしょう。だが、貨幣は生き物です。ドルは上からの強制によって流通しているわけではないのです。人工的な世界貨幣の導入の試みは、 エスペラント語の替及と同様、ことごとく失敗してきました。
 世界は非対称的な構造を持っているのです。その構造の中で、基軸国と非基軸国とが運命共同体をなしていることを私たちは認識しなければなりません。
 当然のことながら、基軸国であるアメリカは基軸国としての責任を自覚した行動を取るべきです。だがより重要なのは、非基軸国でしかない日本のような国も自国のことだけを考えてはいられないことです。非基軸国は非基軸国として、基軸国アメリカが普通の国として行動しないよう、常に監視し、助言し、協力する共同責任を負っているのです。

 問題は次のようなものでした。

A. 筆者が25年ぶりにローマを訪れた際に気づいた「大きなアメリカ」を成立させている条件のなかで、 通貨が果たしている役割を課題文に則して200字以内で説明しなさい。

 私が先に解説したように、問題文も「大きなアメリカ」に限定していますよね。

 

さて、DSCHさんからAの解答をお寄せいただきました。

A 1アメリカ経済の圧倒的な強さから基軸通貨となったドルによって、通貨が全ての国々で使われる基軸国アメリカと、ドルを介して交渉せざるを得ない他のすべての非基軸国という非対称的な構造が生まれた。さらに非基軸国は自国の生産に見合った額の貨幣しか発行できないが、2発行したドルは世界中に流通するので、アメリカは3自国の生産に見合った額以上のドルを発行できる。4つまりアメリカだけが通貨を発行するほど儲けることができる。(200)

 

 1は「小さなアメリカ」という本文の内容と矛盾するので、「ドルを無制限に供給できること」と言い換えたら、いいと思います。言い換えると、2・3の内容は書かなくていいです。代わりに「アメリカのインフレ政策は世界中の債務国の金利負担を増やし、世界経済を不況に陥らせ混乱をもたらす」という内容を書きます。

 そうすると、4の内容はいらないでしょう。代わりに「アメリカは非基軸通貨国に対して通貨量の統制という責任がある」という内容を書きましょう。

 

 解説が長くなりましたので、今回はここまで。次回は赤本の解答と、その利用法も含めた話をしたいと思います。小論文の解答を書いて書き直しをすることが大切です。それには、添削をしてもらう第三者の視点が大切になります。学校や塾の先生、友人などに見てもらうといいです。解答を丸暗記することは、やめましょう!時間の無駄になりますからね。

 

nakatalab.hatenadiary.jp

 

 

 

小論文テーマ No20 基軸通貨「ドル」の役割、わかりますか ver1(2021年慶応義塾大学経済学部 小論文問題より)

小論文テーマ No20 基軸通貨「ドル」の役割は、わかりますか ver1(2021年慶応義塾大学経済学部 小論文問題より)

 

 共通テストも終わり、いよいよ本試験が近づいております。実践的な取り組みが大事な時期になりましたね。

 今回は、慶応義塾大学経済学部の小論文問題を取り上げます。この問題文が興味深いのは、1997年の文章ですが、ある意味で現在の経済状況も言い当てていることです。その一方で、時代のずれを感じさせる内容でもあります。

 本文では「大きなアメリカ」と「小さなアメリカ」との間の対立が「世界経済が抱える最大の難問の一つ」と言っています。前者はグローバル経済で果たしているアメリカと後者はネーションステイーツとしてのアメリカと、考えられます。

 アメリカのインフレの進行に対して、金利の引き上げをFRBが発表したのは、ちょうど一年前(2022年)の二月でした。それ以降、四パーセントを越える金利の引き上げを行ってきました。これは「小さなアメリカ」の姿です。

 その影響を受けたのは、ドル決済を行っている国々です。2022年の日本でも、資源の輸入や製品をグローバルチェーンで販売行う、企業は円安ドル高の影響を、さまざまに受けています。輸出型の企業(例えばユニクロ)は営業利益を上げ、内需型の企業(例えばニトリ)は営業利益を下げました。

 「大きなアメリカ」と「小さなアメリカ」との間の対立(本文にアンダーラインを引きました)を、200字の要約の中に書き込んでください。

 まずは、以下に問題を掲載しますので、取り組んでみてください。

 

[課題文]

 二十五年ぶりにローマを訪れました。そこで気付いたことが二つほどあります。一つはアメリカの存在の小ささ、もう一つはアメリカの存在の大きさです。

 ローマの町は観光客であふれています。耳を澄ますと、ドイツ語、 日本語、 中国語、 フランス語、韓国語、英語―ありとあらゆる国の言葉が聞こえてきます。四半世紀前にはどこに行っても英語しか聞こえてこなかったのに、何と言う様変わりでしょう。

 ところが一歩、観光客相手の店に入るとどうでしょう。そこはアメリカが支配する世界です。どの国の観光客もなまりのある英語で店員と交渉しています。代金支払いもドルの小切手やアメリカのクレジットカードで済ませています。

 かくも存在の小さくなったアメリカがなぜかくも存在を大きくしているのか。これはローマの町を歩く一人のアジア人の頭だけをよぎった疑問ではないはずです。現代の世界について少しでも考えたことのある人間なら、だれもが抱く疑問であるはずです。
  アメリカの存在の大きさ―それはアメリカの貨幣であるドル、アメリカの言語である英語がそれぞれ基軸通貨、基軸言語として使われていることにほかなりません。
  では、基軸通貨、 そして基軸言語とはなんでしょうか。単に世界の多くの人々がアメリカ製品をドルで買ってもドルは基軸通貨ではなく、アメリカ人と英語で話しても英語は基軸言語ではありません。
  ドルが基軸通貨であるとは、日本人がイタリアでドルを使って買い物をし、チェコの商社とインドの商社がドル立てで取引をすることなのです。英語が基軸言語であるとは、日本人がイタリア人と英語で会話し、台湾の学者とチリの学者が英語で共同論文を書くことなのです。アメリカの貨幣と言語でしかないドルと英語が、アメリカを介在せずに世界中で流通しているということなのです。

 ローマの町で私が見いだしたのは、まさに非対称的な構造を持つ世界の縮図だったのです一方には、自国の貨幣と言語が他のすべての国々で使われる唯一の基軸国アメリカがあり、他方には、 そのアメリカの貨幣と言語を媒介として互いに交渉せざるをえない他のすべての非基軸国があるのです。
 もちろん、これは極端な図式です。現実には、非基軸国同士の直接的な接触も盛んですし、地域地域に小基軸国もありますし、欧州連合 (EU) や東南アジア諸国連合(ASEAN) のような地域共同体への動きもあります。だが、認識の第一歩は図式化にあります。
 ソ連が崩壊したとき、冷戦時代の思考を引きずっていた人々は、世界が覇権国アメリカによって一元的に支配される図を大まじめに描いていました。だが、私が今見出した基軸国と非基軸国の関係は、支配と非支配の関係として理解すべきではありません。
 確かに、ドルが基軸通貨となるきっかけは、かつてのアメリカ経済の圧倒的な強さにあります。だが、今、世界中の人々がドルを持っているのは、必ずしもアメリカ製品を買うためではありません。それは世界中の人がそのドルを貨幣として受け入れるからであり、その世界中の人がドルを受け入れるのは、やはり世界中の人がドルを受け入れるからにすぎないのです。
 ここに働いているのは、貨幣が貨幣であるのは、それが貨幣として使われているからであるという貨幣の自己循環論法です。そして、この自己循環論法によって、アメリ経済の地盤沈下にもかかわらず全世界でアメリカのドルが使われているのです。小さなアメリカと大きなアメリカとが共存しているのです。
 さて、 基軸通貨であることには大きな利益が伴います。 例えば日本の円が海外に持ち出されたとしても、それはいつかまた日本製品の購入のために戻ってきます。非基軸通貨国は自国の生産に見合った額の貨幣しか流通させることができないのです。
 ところがアメリカ政府の発行するドル札やアメリカの銀行の創造するドル預金の一部は、日本からイタリア、イタリアからドイツ、ドイツから台湾へ、と回遊しつづけ、アメリカには戻ってきません。アメリカは自国の生産に見合う以上のドルを流通させることができるのです。もちろん、アメリカはその分だけ他国の製品を余分に購買できますから、これは本当の丸もうけです。この丸もうけのことを、経済学ではシニョレッジ (君主特権) と呼んでいます。

 特権は乱用と背中合わせです。基軸通貨国は大いなる誘惑にさらされているのです。基軸通貨を過剰に発行する誘惑です。何しろドルを発行すればするほどもうかるのですから、 これほど大きな誘惑はありません。だが、この誘惑に負けると大変です。それが引き起こす世界全体のインフレは基軸通貨の価値に対する信用を失墜させ、その行き着く先は世界貿易の混乱による大恐慌です。
 それゆえ次のことが言えます。基軸通貨国は普通の資本主義国として振る舞ってはならない、と。基軸通貨国が基軸通貨国であるかぎり、その行動には全世界的な責任が課されるのです。たとえ自国の貨幣であろうとも、基軸通貨は世界全体の利益を考慮して発行されねばならないのです。
 皮肉なことに、冷戦時代のアメリカは資本主義陣営の盟主として、ある種の自己規律をもって行 動していました。だが、冷戦末期から、かつての盟友であった欧州や東アジアとの競争が激化し始めると、アメリカは内向きの姿勢を強めるようになりました。
 近年には自国の貿易赤字改善の方策として、ドル価値の意図的な引き下げを試み始めています。とくに純債務国に転落した一九八六年以降、その負担を軽減しうる切り下げの誘惑はますます強まっているはずです。
 基軸通貨国のアメリカが単なる一資本主義国として振る舞いつつあるのです。大きなアメリカと小さなアメリカとの間の対立-これが二十一世紀に向かう世界経済が抱える最大の難問の一つです。
 この難問にどう対処すればよいのでしょうか。理想論で済むならば、全世界的に管理される世界貨幣への移行を唱えておくだけでよいでしょう。だが、貨幣は生き物です。ドルは上からの強制によって流通しているわけではないのです。人工的な世界貨幣の導入の試みは、 エスペラント語の替及と同様、ことごとく失敗してきました。
 世界は非対称的な構造を持っているのです。その構造の中で、基軸国と非基軸国とが運命共同体をなしていることを私たちは認識しなければなりません。
 当然のことながら、基軸国であるアメリカは基軸国としての責任を自覚した行動を取るべきです。だがより重要なのは、非基軸国でしかない日本のような国も自国のことだけを考えてはいられないことです。非基軸国は非基軸国として、基軸国アメリカが普通の国として行動しないよう、常に監視し、助言し、協力する共同責任を負っているのです。
 私たちは従来、国際関係を支配の関係か対等の関係か、という二者択一で考えてきましたが、冷戦後の世界に求められているのは、まさにそのいずれでもない非対称的な国際協調関係なのです。それはだれの支配欲もだれの対等意識も満足させないものです。だが、世界経済の歴史の中で一つの基軸通貨体制の崩壊は決まって世界危機をもたらしたことを思い起こせば、この非対称的な国際協調関係に賭けられた二十一世紀の賭け金は大変に大きなものであるはずです。
 さて次は基軸言語としての英語について語らねばなりません。だがここでは、今まで貨幣について述べたことは言語についても言えるはずだ、と述べるだけにとどめておきます。 それについて詳しく論ずるには、今よりはるかに大きな紙幅を必要とするからです。なにしろ歴史によれば、一つの基軸通貨体制の寿命はせいぜい百年、二百年であったのに対し、 あのラテン語ローマ帝国滅亡の後、千年にもわたって欧州の基軸言語としての地位を保っていたのですから。
(岩井克人 「二十一世紀の資本主義論』 筑摩書房、 2000年より抜粋)

[設問]

A. 筆者が25年ぶりにローマを訪れた際に気づいた「大きなアメリカ」を成立させている条件のなかで、 通貨が果たしている役割を課題文に則して200字以内で説明しなさい。

B. 課題文は1997年に書かれたものであるが、 その指摘は現在も生きていると思われる。一方、課題文で述べられている、支配関係は存在しないが、 非対称的な関係にある事例は、 ドルや英語における国家や個人の例に限らず、他にも存在すると考えられる。あなたが今後も続くと考える、支配関係は存在しないが、非対称的な関係にある具体例を挙げ、そこでの両者の責任についてあなたの意見を400字以内で書きなさい。具体例は、個人、組織、国家などは問わない。

 この文章が古いなあ、というのは「小さなアメリカ」を「経済の地盤沈下」をしている国として捉えていた点です(本文にアンダーラインを引きました)。ここから、20年程度経った現在のアメリカ経済は、1990年代まで続いた貿易赤字を解消し株式市場の時価総額を半数以上占める世界経済の覇権を握る国として経済成長を果たしました。時価総額のトップ5はGAFAと呼ばれるIT企業が占めています。

 

 来週の初めには、Aの要約問題について、実際に書いてもらった解答をもとに解説をします。また、要約の書かねばならない点について、冒頭でふれましたが、その理由を解き明かします。

 読者の皆さま、解答を書いてみてください。

小論文教育 No19 小論文テーマ「日本のジェンダ―ギャップ指数、どう読み取りますか(ver4)」

小論文教育 No19 小論文テーマ「日本のジェンダ―ギャップ指数、どう読み取りますか(ver4)」

 

 みなさま、明けましておめでとうございます。昨年末に残した問題の最終回です。

 さて、東京大学お茶の水女子大学が共同研究や人材交流で連携を深める包括協定を結びました(日本啓座新聞朝刊2023年1月7日)。高等教育機関(大学)の教員では、ジェンダーギャップ指数を改善してゆこうという動きがありますよね。私は個人的には、高等教育機関だけでなく中等教育機関も該当すると思います。ジェンダーギャップは教育の歴史です。

 

 国語の授業で『こころ』(熱目漱石)を教えています。「わたし」も「K」も大学生ですが男性です。そして「お嬢さん」は大学生ではありません。ここからも、大学には男性の学生が入学しその卒業生が大学の教員となることが読み取れます。女性は家庭を担うというジェンダーギャップが見られます。

 

 現代の教育はジェンダーギャップを改善してきました。女性が大学を卒業し、就職する。ただし、女性が進出する分野は偏っている。それは、日本だけではありません。ですから、そこを改善すれば、イノベーションの源泉があります。皆さんは、どのように思いますか。

 私は授業で男子高校生にジェンダーギャップをどのように思いますか、と聞きました。

 

  男女では能力的に異なっているから、技術職や専門職にあまり進出しないのは、しかたがない。

 

  育児で職場の仕事を離れるから、管理職や幹部職の女性の数が少ないのは当然では。

 

という意見を聞いています。以前にも書きましたが、そうなのでしょうか?私は歴史的なものの考え方は制度的に作られていると思っています。なので、こうした男子生徒の意見には懐疑的です。

 

 さて、話を今回の問題に戻します。

 問三 データの読み取りを踏まえ、日本のジェンダーギャップ指数の改善のために、今後どのような対策を取るべきだと考えるか、三百字以内で述べよ。

 

 前回の解答(問二)に一部、誤りがあったので訂正しました。訂正した解答を次に示します。

 

「政治」の分野の推移は、いずれの内訳の指数もほぼ変わらず、順位は低下している。内訳の男女比はいずれも低く、国会議員の数や女性の閣僚の数も少ないことがわかる。

「経済」の分野の推移は「専門職・技術職の男女比」以外の指数がいずれも改善されている。「勤労所得の男女比」「議員、幹部職・管理職の男女比」「専門職・技術職の男女比」の順位は顕著に低下している。中でも、「幹部職・管理職・専門職・技術職」の女性の雇用率が低いことが男女の所得格差をもたらしているとわかる。

「教育」の分野の推移は「高等教育在学率の男女比」の指数は改善しているが、順位は低下している。この項目について、日本以外の諸国の女性の進学率が日本以上に上がっていることがわかる。

 

 上記の課題を解決するための対策を尋ねているのが、今回の問題(問三)です。では、女性のライフイベントという視点から、この問題の解答を考えてみましょう。

 

 女性が高等教育機関を卒業する。技術職(専門職)に就き、既存の商品にはない多様なユーザーの要望に応える商品を開発する。売り上げや利益を上げた女性の技術者が幹部職や管理職に就任する。その際に、障害となるのは育児と仕事の両立です

 

 その両立を進めるためには、政治分野に女性が進出し、働き方を変えるための制度や法律を提案していく。女性の政治進出が進まないようであれば、北欧の一部の国のように、クウォータ制を導入する。なぜなら、男性よりも女性の方が、切実な問題なので、男性中心の国会ではなかなか改善が難しいのではないでしょうか

 教育と経済の連携をはかり、それを支える政治の支援ということを進めるのが必要だと考えたらどうでしょうか。

 

 私も次のような解答を書いてみました。

 

「政治」の分野は、女性の国会議員の数を増やし、女性の閣僚数を増やすことである。その際に、クゥオータ制を導入し、国会議員の女性の数を増やすのも有効である。女性が政治分野に進出し、育児と職業の両立を進める発言をし既存の制度を改善する。

「経済」の分野は女性の専門職・技術職の数や女性の幹部職や管理職を増やすことである。革新的な技術を生み出すために、既存の組織制度を改善することや男性中心の発想や思考から多様なユーザーの思考に転換する。そのために女性の技術者や専門家が必要となる。

「教育」の分野は高等教育の女性の在学率をさらに引き上げることである。卒業後、政治・経済の分野に進出し活躍する連携が必要で、政治・経済の課題を解決する教育を行うことである。

 

 この問題は女性のライフイベントをどのように考えるかという問題でした。皆さんが、女性であれば自分のライフイベントを、そして女性以外の方であれパートナーとのライフイベントを、考えることが大切です。そうした長期的視点に立つのは、受験が差し迫った受験生には難しいかもしれません。ですが、長期的な視点でものごとを深く考えると、小論文で問われていることが俯瞰的に見えてきます。

 

 ライフイベントの課題をつなげていく長期的な視点を提案することが、小論文攻略の方法です。今回は、女性の高等教育入学、就職、育児と仕事の両立というライフイベントの課題を取り上げました。