nakatalab小論文教育ブログ

考えて書く力を習得する、小論文教育

小論文テーマ No21 基軸通貨「ドル」の役割、わかりますか ver2(2021年慶応義塾大学経済学部 小論文問題より)

小論文テーマ No21 基軸通貨「ドル」の役割、わかりますか  ver2(2021年慶応義塾大学経済学部 小論文問題より)

 

 今回は「ドル」の役割について、問題文の一部を解説をします。前回に書きましたが、世界中、ドル決済で商品の売買は行われています。もちろん、一部はユーロ決済や円決済もありますが、ほんのわずかです。そのことがドルを基軸通貨として流通させています。問題文に引いた傍線部は、そのことです。問題文は青色で表示しています。

 

 確かに、ドルが基軸通貨となるきっかけは、かつてのアメリカ経済の圧倒的な強さにあります。だが、今、世界中の人々がドルを持っているのは、必ずしもアメリカ製品を買うためではありません。それは世界中の人がそのドルを貨幣として受け入れるからであり、その世界中の人がドルを受け入れるのは、やはり世界中の人がドルを受け入れるからにすぎないのです。

 

 「自己循環法」と、難しそうな言葉が出てきました。要するに、ドル決済しかないので、ドルが世界中に流通するということです。経済的には流動性と言います。流動性がなくなると、売れなくなります。たとえば、日本国債が話題になっています。日銀以外が10年物の国債を購入していないために、流動性がなくなっています。先日、世界の債券指数から日本国債が外されました。これも、市場の流動性がないためです。簡単に言えば、購入する方が極端にすくなくなっているということです。「f小さなアメリカ」については、前回、ふれましたのでそれをお読みください(小論文テーマ No20 基軸通貨「ドル」の役割は、わかりますか ver1(2021年慶応義塾大学経済学部 小論文問題より)


 ここに働いているのは、貨幣が貨幣であるのは、それが貨幣として使われているからであるという貨幣の自己循環論法です。そして、この自己循環論法によって、アメリ経済の地盤沈下にもかかわらず全世界でアメリカのドルが使われているのです。小さなアメリカと大きなアメリカとが共存しているのです。

 

 自国の生産力に見合った通貨量は重要です。貨幣量と商品価格はリンクしています。

貨幣量が少なくなれば貨幣価値は上がります。例えば、円高になります。為替相場が動きますので、商品価格も同時に動きます。資源や素材を輸入し国内で製品を生産していれば商品価格を下げることができますよね。ですから、通貨量は国家に管理されています。今話題のweb3.0は国家の管理から自由になる通貨を目的にして、ビットコインイーサリアムなどが出てきています。


 さて、 基軸通貨であることには大きな利益が伴います。 例えば日本の円が海外に持ち出されたとしても、それはいつかまた日本製品の購入のために戻ってきます。非基軸通貨国は自国の生産に見合った額の貨幣しか流通させることができないのです。

 

 アメリカのドルは国内だけでなく、世界中の国々の決済に使用されていますので無制限に発行できます。そして、自国だけでなく、世界中の国々がドルを買いますので、貨幣価値を維持できます。たとえば、この十年ほど日本はゼロ金利でしたが、アメリカは日本よりも相対的に高い金利を維持してきました。金利が維持できるのも、買い手がいるからです。生命保険や銀行は、安定的な金利収入を得られる米国債を買って利益を得てきました。預金金利の低い円を売って米国債を買えば利益が得られたわけです。ですから、ドルは無制限に発行されます。そしてそれが投資にも回ってさらに生産力を上げることができました。給与もそれに応じて上昇したわけです。


 ところがアメリカ政府の発行するドル札やアメリカの銀行の創造するドル預金の一部は、日本からイタリア、イタリアからドイツ、ドイツから台湾へ、と回遊しつづけ、アメリカには戻ってきません。アメリカは自国の生産に見合う以上のドルを流通させることができるのです。もちろん、アメリカはその分だけ他国の製品を余分に購買できますから、これは本当の丸もうけです。この丸もうけのことを、経済学ではシニョレッジ (君主特権) と呼んでいます

 

 傍線を引いたこの段落と次の段落が大事です。無制限に貨幣量を発行してゆくと、インフレになります。そして、基軸通貨でドル決済をしている世界中の国々の債務は、ドルの金利がインフレに伴い、上昇すると、金利負担が重くなります。これが、世界的な不況をもたらします。それは、ドルが基軸通貨だからです。このことに必ず、触れましょう。

 

 特権は乱用と背中合わせです。基軸通貨国は大いなる誘惑にさらされているのです。基軸通貨を過剰に発行する誘惑です。何しろドルを発行すればするほどもうかるのですから、 これほど大きな誘惑はありません。だが、この誘惑に負けると大変です。それが引き起こす世界全体のインフレは基軸通貨の価値に対する信用を失墜させ、その行き着く先は世界貿易の混乱による大恐慌です
 それゆえ次のことが言えます。基軸通貨国は普通の資本主義国として振る舞ってはならない、と。基軸通貨国が基軸通貨国であるかぎり、その行動には全世界的な責任が課されるのです。たとえ自国の貨幣であろうとも、基軸通貨は世界全体の利益を考慮して発行されねばならないのです

 

 お気づきと思いますが、傍線部の「東アジア」とは1980年代の日本です。欧州は「ドイツ」です。このあたりは、プラザ合意に於ける、円の切り上げやマルクの切り上げをすることでドルは切り下げられたことを説明してしています。

 そして「大きなアメリカ」と「小さなアメリカ」です。前回、説明しましたが、グローバル経済を担うアメリカと国内経済を重要視するアメリカが「対立」し均衡状態が崩れてしまう。


 皮肉なことに、冷戦時代のアメリカは資本主義陣営の盟主として、ある種の自己規律をもって行 動していました。だが、冷戦末期から、かつての盟友であった欧州東アジアとの競争が激化し始めると、アメリカは内向きの姿勢を強めるようになりました。
 近年には自国の貿易赤字改善の方策として、ドル価値の意図的な引き下げを試み始めています。とくに純債務国に転落した一九八六年以降、その負担を軽減しうる切り下げの誘惑はますます強まっているはずです。
 基軸通貨国のアメリカが単なる一資本主義国として振る舞いつつあるのです。大きなアメリカと小さなアメリカとの間の対立-これが二十一世紀に向かう世界経済が抱える最大の難問の一つです。

 

 ここまでの説明でご理解いただけたと思いますが、筆者が言うように「世界は非対称的な構造」こそが、世界経済の構造です。なので、アメリカの責任は重要です。「非対称的な構造」については、Bの問題で問われています。この言葉もキーワードですが、Aの要約としては、これより前の段落の「大きなアメリカ」と「小さなアメリカ」を説明するので十分だと思います。「非対称性」まで、要約に入れると200字以内で説明できないと思われます。


 この難問にどう対処すればよいのでしょうか。理想論で済むならば、全世界的に管理される世界貨幣への移行を唱えておくだけでよいでしょう。だが、貨幣は生き物です。ドルは上からの強制によって流通しているわけではないのです。人工的な世界貨幣の導入の試みは、 エスペラント語の替及と同様、ことごとく失敗してきました。
 世界は非対称的な構造を持っているのです。その構造の中で、基軸国と非基軸国とが運命共同体をなしていることを私たちは認識しなければなりません。
 当然のことながら、基軸国であるアメリカは基軸国としての責任を自覚した行動を取るべきです。だがより重要なのは、非基軸国でしかない日本のような国も自国のことだけを考えてはいられないことです。非基軸国は非基軸国として、基軸国アメリカが普通の国として行動しないよう、常に監視し、助言し、協力する共同責任を負っているのです。

 問題は次のようなものでした。

A. 筆者が25年ぶりにローマを訪れた際に気づいた「大きなアメリカ」を成立させている条件のなかで、 通貨が果たしている役割を課題文に則して200字以内で説明しなさい。

 私が先に解説したように、問題文も「大きなアメリカ」に限定していますよね。

 

さて、DSCHさんからAの解答をお寄せいただきました。

A 1アメリカ経済の圧倒的な強さから基軸通貨となったドルによって、通貨が全ての国々で使われる基軸国アメリカと、ドルを介して交渉せざるを得ない他のすべての非基軸国という非対称的な構造が生まれた。さらに非基軸国は自国の生産に見合った額の貨幣しか発行できないが、2発行したドルは世界中に流通するので、アメリカは3自国の生産に見合った額以上のドルを発行できる。4つまりアメリカだけが通貨を発行するほど儲けることができる。(200)

 

 1は「小さなアメリカ」という本文の内容と矛盾するので、「ドルを無制限に供給できること」と言い換えたら、いいと思います。言い換えると、2・3の内容は書かなくていいです。代わりに「アメリカのインフレ政策は世界中の債務国の金利負担を増やし、世界経済を不況に陥らせ混乱をもたらす」という内容を書きます。

 そうすると、4の内容はいらないでしょう。代わりに「アメリカは非基軸通貨国に対して通貨量の統制という責任がある」という内容を書きましょう。

 

 解説が長くなりましたので、今回はここまで。次回は赤本の解答と、その利用法も含めた話をしたいと思います。小論文の解答を書いて書き直しをすることが大切です。それには、添削をしてもらう第三者の視点が大切になります。学校や塾の先生、友人などに見てもらうといいです。解答を丸暗記することは、やめましょう!時間の無駄になりますからね。

 

nakatalab.hatenadiary.jp